気まぐれ旅行記【生きてまっせ】
気まぐれであちこち旅行しちゃおうー! ってことで日本全国周ります(笑) 宛ての無い&計画性の無い一人旅大好き( ̄▽ ̄;)
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2007.10.24~26 長崎で26年ぶりの再会
私が中学1年の終わり頃、塾に通いはじめた。
勉強がしたかったからではなく、小学校5年の時から
片思いだった王子様○山君がそこの塾に通っていたから。
神様というのはイジワルでその○山君とは小学校4年~
中学3年まで同じ学校だったのに一度も同じクラスには
なれなかった。

その塾には当時独協大学の学生の先生が3人いた。
○石先生、○山先生、○井先生。
その中で私が一番気に入っていたのが長崎から出てきて
草加に下宿していた○石先生、ネコにゃんだった。

ネコにゃんというあだ名も私がつけた。
何故ならネコっぽかったから。
当時のネコにゃん
  ↓
sophia22.jpg

ね?何となくネコっぽいでしょ( ̄▽ ̄;)

塾の中ではやはり私は良い子ではなかった。
元々勉強するつもりなど無かったし。
それよりも、姉しかいなかった私には大学生3人の先生が
お兄ちゃんが出来たみたいで何より嬉しかった。
塾の時間が終わってから先生やみんなでやるトランプ
『大貧民』?だったか名前は忘れちゃったけど、
そんなのが楽しくて仕方なかった。

ネコにゃんの下宿先のボロいアパートにも友達と良く
遊びに行った。
私がその頃覚えたてのギター弾いたり、ネコにゃんから
怪談話聞いたりして、それはそれは楽しかった。

でも、やはり私は「勉強の出来る良い子」にはなれず、
悪い子で注目を浴びてた。
父親がキライで「家出したい」などと言っては先生達を
困らせていた。

とりわけ私はネコにゃんは独り占めしたかったらしく、
「みんなの先生」であることが歯痒くて、通りもしない
ワガママを言ってはよくネコにゃんを困らせていた。
良くケンカもした。
それでもネコにゃんが私を避けないでいてくれることが
嬉しかった。
でも、中学という多感な時期。
わざと気持ちと逆のことをしたり、私はホントに変な
子供だった。

中学2年になり私は3人の先生のうちのもう一人、
○井先生と付き合うことにした。
ソレもその○井先生が好きだったワケでもなく、もっと
ネコにゃんにかまってほしくてワザと付き合った記憶がある。
私としてはネコにゃんに嫌がらせをしたつもりだった。
今考えると大学生と中学生なんて信じられないけど、
まあ、付き合うと言っても一応先生と生徒。
時々ご飯食べに行ったり、どこか行ったりするだけで
キスとかエッチとかは無縁だった。
まあ、好きで付き合ったワケじゃなかったからすぐに私は
イヤになり○井先生を避けるようになった。

中学3年になり、2学期の終わりに私は隣の越谷市に転校して
ネコにゃんとも疎遠になっていった。

結局私は高校受験せず、中学卒業後家出してますますネコにゃんに
会わす顔も無かった。
でも、いつでも会えるという安心感があって会いに行こうとも
しなかった。

家出から半年。
竹の子族やらDISCOやら散々行って、楽しいには楽しかったが
将来を考えるとやっぱり不安になった。
まだ15歳、やり直せるかも?そう思った。
「やっぱり高校に行きたい」と、家に帰って勉強を始め
1年遅れで高校に入学。
高校に入ったらバイクの免許は取ったし、彼氏も出来たし
バイトもしながら楽しい日々を送っていた。

高校一年も終わろうとしていた3月のある日、同じ塾に通っていた
友達から電話がかかってきた。
「ネコにゃん、大学卒業して今月長崎に帰るんだよ」と。。。
ガーーーーン( ̄□ ̄;)
いつでも会えると思っていて、ずーっと会いに行ってなかった。
まさか長崎に帰るなんて思ってもいなかった。

私はいてもたってもいられず草加のネコにゃんのアパートまで
原チャリ飛ばして行った。
久しぶりに会うネコにゃんは「めーこ、元気でな」
と、優しい声で言った。
私は「やだー!長崎に帰るなんて聞いてないもん!絶対やだ!」
と、ココでも勝手なワガママぶりを発揮( ̄△ ̄;)
ずーっと会いにも来なかったくせに、泣きながら
「ヤダーーーー!ヤダーーー!!!」と言い続けていた。
するとネコにゃんは泣いてる私をギューっと抱きしめて
「めーこ、だったら長崎に来いよ」と言ってくれた。
「うん、行く」と、その時約束した。
それが26年前のこと。
私17歳、ネコにゃん23歳だった。

しかし私とネコにゃんはコレでは終わらなかった。
ネコにゃんが長崎に帰るという日、「絶対羽田に見送りに行くから」
と、約束していたにもかかわらず、私は彼氏とデートの約束があって
バックレた。
心苦しかったが、今みたいに携帯があるワケでもなく言い訳も
出来ないままのバックレだった。

二週間くらいして家に手紙が届いた。
ネコにゃんからだった。
内容はすごく怒っていた。
絶対見送りに行くと言って行かなかったことにかなり怒っていた。
「今までも散々我慢してきたが、オマエというヤツは人の心を
踏みにじる・・・」とか、結構ショックなことが書いてあった。
でも、図星だった。
今まで何度もネコにゃんとケンカしたが、ココまで本気で怒ったのは
初めてだったので「あーあ、ホントに怒らせちゃったなぁ。。。」
と、ショックだったけど、これも全部自分が悪い。(ーー;)

長崎のネコにゃんの実家の電話番号は聞いていたのでドキドキしながら
思い切って電話をかけた。
怒って切られるかと思ったが、私が「ごめんなさい」と言うと
ネコにゃんは「いいよ」と優しく答えてくれた。
ネコにゃんは長崎の私立高校の教員となり、ちょうど高校一年生の
担任になったらしく「めーこ、ウチの生徒と文通するか?」
と言って森田君という子を紹介してもらった。
私は文通の手紙と一緒に竹の子族時代の写真や族の集会の
写真とかも送ったら長崎の純粋な少年には刺激が強すぎたのか
返事が来なくなってしまった。(ーдー)
結局、この文通は2往復くらいで途絶えてしまったのです(笑)

それからは私も高校卒業し、旦那と同棲始めて半年後には
デキチャッタ結婚で子育ても慌しく、ネコにゃんに連絡することも
なかった。

25歳のころ、ふとネコにゃんを思い出し、長崎の実家に電話を
かけてみたけれど、FAXのようなピ~ヒョロロ~音しかならない。
何度も何度もかけてみたけれどピ~ヒョロロ~だったので
そのうちあきらめてしまった。

そして28歳で障害を持った娘を産んでからはもうめまぐるしくて
ネコにゃんを思い出す余裕も無かった。

そして3年前、パソコンで調べられないか?
と、ネコにゃんの本名でパソコンに入力して調べたら…
イタ━━━━━━(゜∀゜)━━━━━━!!!
ネコにゃんの高校のホームページにたどりつき、名前があったのです。
失礼ながらも高校のホームページへ「○石先生へ」とメールを送った。
すると、すぐネコにゃんから返事が来た。
ネコにゃんは奥さんと3人の子供と幸せに暮らしていた。
そして電話もかかってきた。
懐かしさで涙が出るほど嬉しかった。
「長崎に来いって言われてまだ行けてないよね」と笑って話した。
「私、絶対行くからね!あの時約束したもんね!」
そうは言っても24時間介護が必要な娘を置いて行くことなんか
とうてい不可能。
今みたいにショートステイも利用していなかったし。

それから1年に一度メールするくらいの付き合いが続き3年経った。
娘がショートステイに行ってる間なら行ける!
でも、ネコにゃんは今高校3年生の担任で忙しいから迷惑では
なかろうか?
そう思って電話してみた。
すると「大丈夫、おいで、おいで」というので2週間前に
慌てて予約を取った。

前置きが長くなりましたが、やっと26年ぶりの再会に
こぎつけました。

10月24日~26日、長崎へ行って参りました。

私は社交辞令がキライ。
今度○○しましょう とか、いつか○○はイヤ。
言ったことは必ず実行したいし、そうしてきた。

10月24日、娘を嵐山の施設へ連れて行き、私はそのまま羽田空港へ。
自分で運転してきたのは初めてだったので駐車場の入口がわかりにくいったら
ありゃしない。

16:05発の飛行機に乗って出発です。

夜6時、無事に長崎空港に到着。
ネコにゃんがお出迎えに来てくれているはず。
果たして26年ぶりでお互い顔がわかるんだろーか?

そんな心配はよそに一目見てネコにゃんがわかった。
しかし・・・
ハッキリ言いますと

『月日というものは残酷である』( ̄□ ̄;)

昔はカッコイイと思っていたネコにゃんは、しっかり「オジサン」に
なっていた(ーдー)
そりゃそーだ、最後に会ったネコにゃんは23歳。
今、この場にいるネコにゃんは49歳。
変わっていて当然なのである。

決してハゲてもないし、デブになってもいないが、あきらかにどこから
どう見ても「オジサン」なのである。

ネコにゃんも記憶の中の中学生の頃の私と、今の私のギャップに戸惑ったに違いない。
「めーこ、オバサンになったね」と。。。( ̄▽ ̄;)
「あったりめーじゃん!40過ぎてオバサンじゃなかったらキモイわ!」と、
言い返してやった。

そのままネコにゃんの車で私が泊まる「長崎グランドホテル」に連れてってもらった。

ネコにゃんはお酒が飲みたいので車を置いてくるから30分後に降りてくるように…
と言っていなくなった。
私はホテルでチェックインを済ませ、部屋に荷物を置いて30分後に下に降りた。

ホテルのすぐ隣が長崎の中華街
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ネコにゃんとしばらく歩き、長崎の伝統ある料理
『卓袱(しっぽく)料理』の店に連れて行ってもらった。

「何かすごく高級そうな店だけど、大丈夫?」と、私が聞くと
「もう多分会えるの最後だろうからVIP待遇だよ」だって。

和・唐・蘭のミックスした献立で、初めて口にするものばかり。
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まず、ネコにゃんが名刺をくれた。
肩書きに「教務主任」と書いてある。
偉くなったんだなぁ。。。と、しみじみ思った。
23歳から49歳、26年間も同じ高校で教師を続けているんだもんね。
進路指導の担当らしく、なかなか忙しいらしい。

卓袱料理を楽しみながら昔話に花が咲く。
ネコにゃんが覚えていて私が忘れていた話、
「めーこが塾にロウソク持って来たことがあってさ、そんで自分で腕に
 ロウを垂らして『熱くないもん、全然平気』と言ってるんだけど、
 その顔がすごい熱そうでさ」
ゲッ!( ̄□ ̄;)
そんなの私の記憶には全く残っていなかった。
ホントに変な中学生だったようだ。

「あとね、夏の強化合宿で浦賀に行ったとき、引率の誰かのお母さんに
 めーこは思いっきり文句言ったんだよね。
 他のお母さんとかは『何?あの子』って目で見てたけど、
 俺は『ハッキリ物が言える子だ』って感心したんだよ」と。
そんなのも私はすっかり忘れてた。

そんでもってネコにゃんは私に送ったあの「怒った手紙」のことは
忘れてしまっていた。
「オレ、そんな怒った手紙出したの?」だって( ̄▽ ̄;)

やはり、26年という月日は長すぎた。
ところどころはハッキリしていて、それ以外は曖昧な記憶。

でも、会った瞬間に26年前にタイムスリップしたような感覚だった。
先生と生徒というよりはアニキと妹って感じ。

「お世辞じゃなくて、めーこはいつか本当に長崎に来る気がしてたよ」
と、ネコにゃんが言う。
そして本当に来た私。
何とも言葉で表現できない胸のつかえが取れたような感覚。

「塾のみんなで同窓会したいねー」なんて話をしながら あっという間に
2時間が過ぎた。
今日は水曜日。
ネコにゃんは明日も学校があるし「今日はもうイイよ」と言って
ホテルの下まで送ってもらい、バイバイした。
明日の夜もまたご馳走してくれるそうだ(笑)

ネコにゃんは「せめて金曜か土曜を挟んで来てくれれば、もっともっと
いろんな所に連れて行ってあげられたのに」
と、言っていたが、金曜日の夜は大好きなJIN君のイベントがあるし、
土曜日は立石ディスコがあるので水曜~金曜にしちゃったのである。

翌朝木曜日。
ネコにゃんはもちろん学校。
なので私は1人であちこち観光しようと思います。

ホテル近くで『かつら』という店をハケーン(@_@)
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「旅人も安心してカツラが外せる店」と書いてほしいなぁ(笑)

長崎市内はいっぱいチンチン電車(路面電車)が走ってます。
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コレに乗ってまず、平和公園へ。
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真夏の花のはずのポーチュラカがいっぱい咲いてる(~o~)
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修学旅行生がいっぱいいました。

そのあと歩いて原爆資料館へ。
こちらも小学生、中学生がいっぱい。

それからまたチンチン電車に乗ってガイドブックに載ってた
『ツル茶ん(つるちゃん)』という店にトルコライスを食べに行く。
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コレがトルコライス
    ↓
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ソープランドライスとも言うのかな?←言わねーか( ̄▽ ̄;)
ココの店、大正14年にオープンしたそうです。
コック帽を被ったおじいさんシェフがカウンターから出てきて
「どちらから?」と話しかけてきました。
トルコライスはとても美味しかったです。

ツル茶んを出てプラプラと街を探索。

ハケーーーーン!!!(@_@)
     ↓
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『大人のおもちゃ 珍珍堂』
どうしてこーゆーモノばかり目についてしまうのだろう、ワタクシ。

BOSSのチンチン電車もいた。
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ホテルに戻り、ひと休みしているとネコにゃんから電話がかかってきた。
「7時半頃迎えに行くから下に降りててね」と。

ちょっと早めに降りて写真を撮る。
コレが新地橋
  ↓
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大阪の道頓堀川みたいだったよ。
川の水が臭かった( ̄△ ̄;)

ネコにゃんが車で来た。
「大浦天主堂は行った?」と聞かれたので「行ってないよ」と言うと
「じゃあ、行こう!」と。
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ライトアップされた大浦天主堂はとてもキレイでした。

そして今日はこんな立派な中華料理の店に連れて来てもらった
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ココで食べた「揚げパン」がすごく美味しかった。
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そしてそれから稲佐山(いなさやま)へ向かいます。
イナリじゃなくてチョット残念_(._.)_
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ホントはロープウェイで登れるらしいが、赤字で動いてないらしい。
代わりにバスで頂上まで連れて行ってくれます。
夜だというのに人がイッパイ(@_@)
稲佐山頂上の展望台から見下ろす長崎市内は4月に沖縄の首里城から
見た夜景に匹敵するほどすごーくキレイでした。
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とても原爆が落ちた場所だとは信じられません。

稲佐山を降りて、最近出来たというビーナスブリッジ?とかいう名前の
レインボーブリッジみたいな橋を通ってホテルまで送ってもらいました。

ネコにゃんが「コレ、おみやげね」と言って文明堂のカステラをくれた。
悲しいという気持ちは意外と無かった。
会えたことのほうが嬉しかったからだと思う。
「お爺さん、お婆さんになったらまた会おうね」と言って
最後に握手をして別れた。
ネコにゃんと握手したのは最初で最後。
今日の「また会おう」は社交辞令だとお互い思ったに違いない。
でも、ソレでイイ。
最後のつもりで会いに来たんだし。
26年前の約束を果たせて心がスッキリした。
お互い別の人生、また明日から頑張ろうと思った。

翌朝、ネコにゃんから電話があった。
「見送りに行けなくてごめんね」と。
学校があるのわかってて行ったんだから、そんなの当然。
「気をつけて帰ってね。来てくれてホントにありがとう」と。

私はエアーポートバスに乗って長崎空港へ。
10時15分の飛行機だが早めに着いたので1人で送迎デッキに出てみた。
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さよーなら、長崎。
さよーなら、ネコにゃん。
「来て良かった」ホントにそう思った旅でした。






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